葉のほうにも同様の効果があるのではないか」ということでした。葉なら樹皮と違い、毎年採集もできるし、大量に収穫することもできます。この農家の考えは、期待通りの結果を生み出しました。葉からも、前述した効果が得られたのです。そして日本の杜仲葉の新生産地として長野で栽培されるようになりました。果効能は次のように確認されています。①血圧の正常化。②血管の強化・血流の改善。③利尿と新陳代謝の促進で肥満を解消。④腰痛・関節痛の鎮痛。⑤精神的ストレスの解消、気力・意志力の充実。⑥肝機能を高め、二日酔いを防止する。⑦心臓病のアフターケア、予防。⑧毛髪脱毛の予防、歯やきの強化、歯「きの腫れの鎮静化。--原産地と収穫期に成分差のカギが⑨リウマチ、晴息体質の改善。⑩ストレス解消により、胃潰虜、十二指腸潰療などのアフターケアに効果。杜仲の葉にも、先にあげたアメリカや富山医科薬科大学の研究発表とほぼ変わらない効果が確認されているのです。それなのになぜ、あんなにガプガプ飲んだにも関わらず、私の肥満や生活習慣病に効果が発揮されなかったのでしょうか。私はさらに、研究を重ねていきました。よく、原産地で収穫されるものがいちばん品質がよい、と言われます。日本国内での茶葉用杜仲の樹齢は、せいぜい七年足らず、中国大陸の長い歴史の中で培われたものと同様の茶葉を国内で作ろうというほうが無理な話。それ故に成分差があるのではと、当初、私は思っていました。しかし、文献を一通り調べた後、私は長野県や中国本土、そして台湾にも足を伸ばし、各地の杜仲の群生地を食材研究者の目で見てまわってみた結果、意外なことがわかったのです。それは次のようなことでした。①杜仲は中国が原産地だが、土壌の違いによって、樹皮や葉の栄養成分にはパラつきが生色鮮やかな中l:f'i1の生業じている。特に、日本の社仲茶ブ込んで新たに植えられたものには、ものより成分が劣っているものも少なくな中国産ならどこの地域の社仲茶、ても腸活 は日本産より優れているという一部関係者の認識は、。誤りである②中国においても、貰河流域の杜仲の葉には超微粉の黄砂が付着していて、社仲茶としての飲別には問題がある場作があったり、産地によってはお茶に仕上げるのに時間がかかりすぎる。③原料が樹皮であるか葉であるかの述いで、効栄・効能に大差はない。しかし、楽については、その収穫時期で成分の合有量が大きく異なることが私自身の研究でわかった。

高橋教授の説明が強烈なインパクトを与えたようでした。そのプムの数年前から、全く別の観点で杜仲の研究に取り組んでいた私は、正直言って焦りました。先を越されたという思いだったのです。当時の私は、前述したように肥満と生活習慣病に悩まされていましたから、さっそく杜仲茶に期待をはせ、昼夜を問わずガプガプと飲み始めたのですが、結果としてはほとん効果がありませんでした。す。---日本・中国・アメリカの研究機闘が効果を発表ここで私の中に、大きな疑問が生まれたのです。「神農本草経」に高貴な薬として詠われており、日本やアメリカまでもが研究に取り組んで、素晴らしい効能があるとされているにも関わらず、なぜ効果が薄いのだろう、と。それから私は、自分の進めていた杜仲の研究にも役立てるため、さらに資料を取り寄せ、漢方薬の原典も読みなおして勉強を重ね、その矛盾を解いていくことになったので「神農本草経」で絶賛されている杜仲茶の効能については、二世紀になってから各方面の研究機関によって確認されています。表されており、日本においては、一九八四一九七六年、米ウイスコンシン州立大学医学部では、杜仲についての臨床結果報告が発一九八八年にかけて、富山医科薬科大学の難波教授がラット実験で、杜仲の生理効果を詳細に調ペています。また、中国生理学会でも杜仲の効果についての研究発表がありました。これらの発表を整理すると、杜仲の効能は次のようになります。①血液・血管・神経への効果療。---杜仲の葉にも同様の効果が高血圧・低血圧の改善、動脈硬化の予防、脳中枢神経障害の予防・治療、心臓病の治②性機能の活性化陰萎の予防、早漏の治療。③肝臓・腎臓の強化④鎮痛効果利尿効果、泥酔予防、便秘解消、肥満解消、脂肪代謝の促進、美肌効果。腰痛の痛みの緩和、リウマチ痛の緩和。これらを一言でまとめると「新陳代謝の活性化」、「細胞の活性化」、そして「強精・強壮」ということになります。ここで一度確認しておきますが、漢方で言う杜仲茶とは、杜仲の木の樹皮を剥いで乾燥させ、それを煮出して飲む「お茶」のことです。飲用のために樹皮を剥がしてしまうと、なかなか再生しないため、得られる量は限られ、高価な代物になっていたというわけです。プムとなった杜仲茶は、杜仲の葉を高温、て煎って番茶のようなお茶にしたもので、効そこで、長野県のある農家が気転をきかせて考えたことが「樹皮に効果があるなら」ね。

顔色も、肌がツヤツヤして、頬はうっすらパラ色という健康な状態に変化、体重は五八キロで安定、体脂肪率も、それまでスとほめてくれました。しかし私は、それほがんばってはいなかったのです。ウォキングもさぼる日もあったし、食事のほうも、血糖値が落ち着いてからは昼食は天井な歳。前の会社も退職していまは小さな設計事務所で仕事を続けていま再び主治医の診察を受けると、こんなに回復するなんて信じられない、といった様子。「よほ、食事と運動に気をつけられたのでしょう」好きなものを食べるようになっていました。おまけに、酒も少々、焼酎のお湯割りな‘どをたしなむようにまでなっていたのです。それなのに、主治医は「よくがんばった」というわけです。そして「これなら、当分インスリン注射をやめてもよさそうですね」とまで言ってくれたのです。これはもう、「グリーン杜仲」のなせる業としか、私には思えませんでした。確かに、糖尿病食も食べ、運動も始めましたが、主治医の言うように徹底的にやったわけでもありません。あらゆる健康食品も試してきましたが、これだけ改善されることも、過去にはなかったのです。---健康人と同じように私は現在六‘、、\/\.世、全身に若さと健康がみなぎって〈るす。宅配の糖尿病食は摂らず、多少塩分・糖分・脂肪分には気をつけて普通食を食ぺています。もちろん、酒も飲んでいます。運動は週末だけ、愛犬と一緒に散歩をする程度です。それでも、インスリン注射はやめたまま。もう丸二年の歳月が流れました。血糖値も一三台で安定しています。続けていることといえば、「グリーン杜仲抹茶粒」を一日三四飲むことだけです。私は、「グリーン杜仲」に命を救われたと言っても過言ではないでしょう。眼底出血もあれから起きず、脳梗塞も起こしていません。その他の合併症も、いまのところ確認されていません。これからも、「グリーン杜仲」を手放さず、糖尿の私に欠かせない常備食として、摂り続けていこうと思っています。-1111杜仲茶プムは何処へ?平成五年九月、日本テレピの「おもいツきりテレピ」で、杜仲茶の人体への効果作用が日本大学薬学部高橋周七元教授によって紹介されました。これをきっかけに、日本国中に杜仲茶プ1ムが巻き起こり、全国の百貨店の健康食品売場や薬局、自然食品店に、杜仲茶を求めて列を作る女性たちが急増したのです。「運動もせず、食事制限もしないで美容やダイエットに効果がある」という話でした。

しかし、そこまででした。血糖値はたまに一八寸らいにはなるものの、大抵は二前後、朝のインスリン注射から開放されることはなく、体中の倦怠感も少しはよくなったものの、相変わらず足のだるきゃ、食後のだるさは取れませんでした。---「グリーン杜仲」と出会って五七歳になった頃、娘があるチラシを持って帰ってきました。「お父さん、グリーン杜仲っていいらしいよ」というのです。やはり糖尿病を患っているという娘の友達の父親が、これを飲んで血糖値が安定した、---血糖値が一それまで私は、さんぎん健康食品を試してきましたから、この話しを聞いてもあまり信用できませんでした。粒、夕食前に一粒、そして就寝前にも一しました。それでも、娘があまり強く勧めるので、私は渋々飲んでみることにしました。飲むからには、徹底して飲む、というのが私の信条。朝起き抜けに一粒、昼食前に一粒、合計四粒を、一日に飲用することに代に降下「グリーン杜仲」を飲み始めて二カ月も経った頃でしょうか。やせたり太ったりしていた体重が、何となく五八1六0キロあたりに安定してくるようになりました。そして、ご飯を食ぺた後の異常な倦怠感も、少し解消されたような感じがありました。「もしかして、これは効くのかもしれない」私は体、て、大きな手応えを感じ始めていました。さっそく、主治医の元へ行って、血糖値を測定してみると、朝のインスリン注射を続けていてもなかなか二代を割らなかったのに、一七になっていたのです。「豊田さん、がんばっていますね」は三五四あったのが、二五にまで落ちました。主治医は満面の笑みで、こう言ってくれました。「食事療法がよいのでしょう。徹底して続けてください。それから、適度な運動も取り入れるように」このような指示をもらいました。私の場合、血糖値が高いし、インスリン注射を打ち続けていたので、逆に運動療法はできずにいたものですから、これはかなりの進歩と言えます。私はうれしくなって、それからもずっと、「グリーン杜仲」を手放さず、同じペで飲み続けていきました。---インスリン注射から解放されるそれから半年後、血糖値は一三01一五Oの聞で安定するようになりました。食後の倦怠感はほとんなくなりました。私は毎朝三分、愛犬を連れてのウォキングを始めました。それをきっかけに、どんどんよくなっていったのです。まず、注射するインスリンの量が半分に減りました。

低カロリーのパン食に切り替えて、きちんと食ぺて行くような習慣はっきました。しかし、家を一歩出ると、もうダメです。畳は天井やカツ井を食べ、夜は毎晩のように酒を飲む。そのうちに、肩が凝り、腰が重く、足がだるくなり、いつも体が疲れているような状態になってきました。家に帰ると、娘に腰や足を採んでもらうことはしょっちゅうで、マッサージや鋪灸にもかかっていました。それでもだるさに耐えられず病院に行くと、決まって「入院」と言われてしまうのです。こうして十数年間、私は入退院を繰り返すという日々を送らざるを得なくなっていました。インスリン注射は、朝夕打っていることもあれば、血糖値が落ち着いて止めているときもありました。-脳梗塞と眼底出血を起--す四五歳の時のことです。長崎県の現場、ての仕事を終え、名物の温泉にゆっくりひたりさて上がろうとした時に、私は突然倒れてしまいました。気がついたら病院のベッドの上、うやら、脳梗塞を起こしたらしいのです。医者が言うには、それまでも数回脳梗塞を起こした形跡がある、ということでした。おまけに、それから半年後、急に視力が落ちたなという感覚があり、主治医のもとへ行ったら、眼底出血まで起こしているということでした。レーザーで目を焼いて、何とか食い止めたものの、失明の危険もあると言われてしまいました。私はその頃になってやっと、糖尿病の恐ろしきに気付き始めたのです。失明したら、仕事なんて出来なくなってしまう。それに常につきまとうこの異常な倦恵感とも、何とかしてさよならしなければ、辛くてうしょうもない:::。「よし、生活を変えるぞ」糖尿病と言われて一五年目、私は初めて決心したのでした。---あらゆる健康食品を試すそれからの私は、酒を一切断ち、仕事上の付き合いもそこそこにして、食事はなるべく自宅で摂るように心がけました。もっともその頃は、建設業界にも秋風が吹き始めていたので、昔のような宴会騒ぎをあまりしなくなってはいましたが。食品なな。試したものはここに列挙しきれないほです。家庭、ての食事は、糖尿食を宅配してくれる業者に頼むことにしました。同時に私は、「糖尿病によい」と言われる健康食品を片っ端から調べて取り寄せ、んどん試していきました。椎茸茶、霊芝、クロレラ、人参ジュース、八味地黄丸、アポガドオイル、海草ミネラルそんな努力のせいか、一時期は朝夕打っていたインスリン注射が、朝だけでよいほまでになりました。

一度きちんと見てもらったら」確かにここ最近、あれだけ食べて飲んでいるのにんんやせてきていたのは確かです。周囲の人聞からもそれを指摘されていたのですが、忙しきにかまけて無視していたのでした。しかし、今回は写真というもので客観的に自分を見て、さすがにギヨツとしました。妻の言うように、本当に幽霊のようだつたからです。急いで体重計に上がってみると、針は五0キロを指していました。これはいけない、そう思った私は、翌日急いで大学病院に行きました。ちょう三歳の時のことです。---血糖値=一、即入院「糖尿病ですね。す「に入院してください」尿を検査した医者は、私にこう告げました。検査に行って即入院とは、よほど悪かったのでしょう。後から聞いたら、血糖値が三以上もあったそうです。こうして、私の入院生活が始まりました。朝には必ず、インスリン注射をしなければならず、酒も煙草も厳禁、食事も実に味気ないものに変わってしまいました。塩分控え目、カロリー控え目のグルテンミ1卜(大豆食品)で作られたおかずに、ほんの少しの白米。三食食べても、お腹はいつもペコペコで、売店でつい買い食いをしてしまい、よく主治医に怒られていました。そんな入院生活が二カ月間続き、インスリンのおかげで血糖値が下がって安定してきたリ弘中晶、やっと退院できることになりました。-無知ゆえの暴飲暴食「何を食べても構いませんが、一日の摂取カロリーは一六カロリーです。それを必ず守ってください。それからお酒は当分ダメ。毎朝インスリン注射も必ずすること」医者からこれだけの注意を言い渡され、条件付きの退院でした。それでも私はうれしくて仕方ありませんでした。もうあのまずい病院食とさよならできるの、ですから。当時の私は、糖尿病の恐ろしきをまったくわかっていなかったのです。んな病気かということを勉強しようともしなかったのです。ですから、医者の忠告だって守るわけがありません。「インスリンさえ打っていれば大丈夫なんだ」そういう考えでいたのです。私は、毎朝妻にインスリン注射をしてもらうことだけを守り、あとのカロリー制限も、禁酒も禁煙も、れひとつ守りはしませんでした。入院前の、あの暴飲暴食の宴会の日々に再び戻ったのです。しかしそれは、自分の意志というよりも、仕事上うしても欠かせない「つき合い」であったことは確かです。---入退院を繰り返す日々それでも、朝食だけは妻が考えたのです。